「大好きだった人」の娘と、一緒に暮らすことになった。
止まっていた時計の針を動かしたのは、皮肉にも「大好きだった人」の訃報でした。
居場所を見つけられずに生きてきた31歳のOL・みどりと、
母を亡くし、帰る場所を失った14歳の少女・春子。
親子でも、姉妹でも、恋人でもない。
それでも二人は、少しずつ互いの“居場所”になっていく。
『春とみどり』は、言葉にならない感情や、名前をつけられない関係を、
静かな空気ごと丁寧に描いた百合漫画です。
苦しくて、切なくて……。
それでも読み終えたあとには、やわらかな涙がこぼれる。
心のささくれをやさしく溶かす、陽だまりのような作品です。
『春とみどり』は、明確な恋愛描写を主軸にした作品ではありません。
それでも確かに、“特別な感情”が流れている作品です。


『春とみどり』とは?
作品概要
- タイトル:春とみどり
- 著者:深海 紺
- 出版社:フレックスコミックス(メテオCOMICS)
- 巻数:全3巻(完結)
- 発売日:1巻(2019/4/11) / 2巻(2019/10/10) / 3巻(2020/7/9)
あらすじ(ネタバレなし)
居場所を見つけられず、日々をやり過ごしていた31歳のOL・みどり。
そんな彼女の元に突然届いたのは、かつての親友・つぐみの訃報でした。
その葬儀でみどりを待っていたのは、
大好きだった人と瓜二つな14歳の少女――
つぐみの娘、春子。
居場所をなくした少女を前に、
みどりは突き動かされるように彼女を引き取ることを宣言します。
親子でも、姉妹でも、恋人でもない。
でも、ただの他人でもない。
既存の名前では言い表せないまま、互いの欠けた場所を埋め合うように、
二人は「新しい居場所」を自らの意志で選び直していきます。
静かな同居生活の中で描かれるのは、
喪失のあとに残された人たちが、もう一度前を向こうとする物語。
派手な展開ではなく、
日常の空気や沈黙の中で感情が揺れていくタイプの作品です。
- 静かな百合漫画が好きな人
- “関係性”や空気感をじっくり味わいたい人
- 感情を説明されすぎない作品が好きな人
- 切ないけれど優しい物語を読みたい人
- 恋愛という言葉だけでは収まらない関係性に惹かれる人
- 喪失から少しずつ立ち直っていく物語や、擬似家族もの・静かな日常劇が好きな人

わかりやすい「恋愛」や「糖度」を求めている人向けではないかもしれません。
ただ、みどりの抱えている感情はとても大きいです。
ドロドロしているわけではなく、静かで、長い時間を抱え込んだような感情。
行間を読みながら、その裏側にある想いを想像するほど、深く刺さる作品だと思います。
人物紹介
- 雪平 みどり(31歳 / OL)
-
内向的で、どこか自分を諦めながら生きている女性。
親友・つぐみの葬儀で出会った春子を引き取り、一緒に暮らし始めます。
春子の中に過去のつぐみの面影を探してしまいながらも、
彼女との生活を通して、自分の「止まっていた時間」と向き合っていくことになります。 - 橘 春子(14歳 / 中学生)
-
亡き母・つぐみと瓜二つの少女。
母を亡くし、転校を余儀なくされるという過酷な状況にありながらも、
思ったことを真っ直ぐ言葉にできる芯の強さを持っています。内向的なみどりとは対照的な存在で、
彼女のまっすぐさが、停滞していた周囲の空気を少しずつ変えていきます。愛称は「ハル」「ハルちゃん」。
- 橘 つぐみ(享年31歳 / 故人)
-
みどりの中学時代の親友であり、春子の母。
物語の始まりと共にこの世を去りますが、
彼女の存在は、みどりの中に深い傷跡のように残り続けています。春子の表情や仕草の端々には、
かつてのみどりが大好きだった“つぐみ”の面影が宿っています。
静かに心を揺らす理由 — 『春とみどり』の魅力
魅力①|言葉に頼らず「空気」を描く、繊細な作画
この作品の魅力は、感情を言葉で説明しすぎないところにあると思います。
「こう感じてください」と教えられるのではなく、
同じコマを見ながら、自分で感情を拾っていく。
沈黙が語る戸惑い。
視線だけで伝わる未練。
何気ない一コマに、説明されない感情がぎっしり詰まっています。
特に印象的だったのが、
1巻冒頭でみどりと春子が向き合うシーン。
冷たい風の中で桜が舞い、
“大好きだった人”と同じ顔で笑う少女と向き合う瞬間。
そこには、失った人への未練や後悔、
目の前の少女への戸惑い、
そして何かが始まってしまう予感が、全部混ざり合っています。
それを長々と説明せず、
視線や間の取り方だけで伝えてくる。
だからこそ、感情がダイレクトに胸へ入ってくるんです。
読みながら何度も、「ああ、漫画ってすごいな」と素直に思わされました。
魅力②|過去が現在に滲み出すフラッシュバック
みどりは春子と過ごす日常の中で、
中学時代のつぐみとの記憶が何度もフラッシュバックします。
回想というよりも、つぐみと似た春子に想い出が重なり、
過去が割り込んでくるとでも言うのでしょうか。
それを繰り返し見せられるうちに、
みどりの抱えている喪失感を、
読者側まで疑似体験させられているような気持ちになります。
取り戻せない過去になってしまったという現実を突きつけられているようで、
どうしようもない切なさが胸に込み上げてきました。
正直、何度読み返しても泣きます。
本当にめちゃくちゃ泣きました。
魅力③|“何も起きていないのに、すべてが変わっていく”
完結までの全3巻で物語を動かすのは、派手な出来事ではなく、日常の積み重ねと過去との邂逅です。
『春とみどり』は、いわゆる大きな転換点と呼べる出来事はほとんどありません。
けれど、遺品整理や、押し込めていた寂しさや後悔がふと顔を出すとき、
あるいは互いの柔らかく脆い部分に触れざるを得ない瞬間が、静かに関係を動かしていきます。
1巻では…
まだ“関係”と呼ぶには曖昧すぎる距離感が描かれます。
言葉も感情もうまく噛み合わない。
それでも同じ空間で時間を過ごしてしまう、不安定な同居生活。
2巻では…
つぐみの遺品整理や、
押し込めていた寂しさや後悔が少しずつ表に現れていきます。
他者と関わることで、
自分でも気づかなかった脆さが輪郭を持ちはじめる。
そして3巻…
積み重ねてきた痛みや距離を抱えたまま、
それでもなお「一緒にいる」という選択へ辿り着きます。
「名前なんてなくてもいい」
その言葉は、関係を曖昧にするためではなく、
名前では定義できない場所にも、確かに“居場所”は存在するのだと
受け入れた結果のように感じました。
読み終えたあとに残ったのは、
“何も起きていないようで、すべてが変わっている”
という不思議な感覚でした。
静かなのに、心の深い場所だけが大きく動かされている。
そんな作品です。
『春とみどり』は、人と人が“居場所”になっていく過程を、とても丁寧に描いた作品です。
静かな百合や、関係性をじっくり描く作品が好きな方には、本当におすすめです。



作品をこれから読む方は、ここで止めていただいて大丈夫です。
ここからは、この作品がなぜこんなにも苦しくて、こんなにも優しいのか。少し踏み込んで、自分なりに感じたことを書いています。
名前のない関係が「居場所」になるまで(※ややネタバレあり)
誰かの居場所になるということ
この作品で描かれているのは、
「居場所」が人から人へ受け継がれていく感覚だと思います。
かつて、つぐみがみどりの居場所だったように。
今度はみどりが、つぐみを失った春子の居場所になろうとする。
そして気づけば、春子もまた、みどりにとっての居場所になっている。
春という季節に複雑な感情を抱いているみどりの前に、
“春”を名前に持つ少女が現れるという流れも、
どこか皮肉とも、運命めいたものとも感じました。
春子は、過去を思い出させる存在でありながら、
同時に、止まっていた時間を動かすための“今”でもある。
だからこそ、みどりは彼女から目を逸らせなかったのかもしれません。
作中では、春子のクラスメイトの少女が、
自分の家族とうまく向き合えずにいる姿も描かれています。
「家族」という名前があっても、必ずしも心が通うわけではない。
だからこそ、血の繋がりや肩書きではなく、
“それでも一緒にいたいと思える”
という感情の尊さが、
より強く浮かび上がってくるように感じました。
名前に込められた季節の巡り



完全に個人の深読みですので、「そういう見方もあるかもね」くらいで見ていただけると嬉しです。
この作品を何度か読み返している中で、ふと気づいたことがありました。
タイトルの『春とみどり』は、
そのまま登場人物の名前でもありますが、
同時にどこか“季節”を感じさせる言葉でもあります。
春子は→「春」
みどりは生い茂る緑から→「夏」
そしてつぐみは冬鳥から→「冬」
そう考えると、
この物語は、止まっていた時間が少しずつ巡り、
前へ進んでいく話として読むこともできるのかもしれません。
本来であれば、遠すぎて届かなかったはずの想い。
冬(つぐみ)から夏(みどり)へ、
そのままでは届かなかった距離。
けれど、長い時間をかけ、
春(春子)を経ることで、
ようやくその気持ちが届いたのかもしれません。
3巻で描かれる、つぐみからみどりへの手紙も、
そんな“巡り”の果てに辿り着いたもののように思えてなりませんでした。
これはあくまでひとつの読み方です。
でも私は、
この“時間と感情が巡っていく感覚”に触れた時、
この作品の優しさを、より深く好きになりました。
装丁に込められた「最後の手紙」
この作品を語る上で、どうしても触れておきたいのが、単行本の「装丁(デザイン)」に隠された演出です。
各巻の表紙と裏表紙には、それぞれの関係性が静かに映し出されており、
読み進めるほどにその意味が変わって見えてくるのが印象的です。
1巻・2巻では、
みどりとつぐみ、
そしてみどりと春子。
“過去”と“現在”が、表紙と裏表紙で
対比されるように描かれていました。
けれど、3巻のカバーをめくった時、
そこに描かれていたのは――。
歩き出したみどりと春子。
その背中を、静かに見送っているつぐみ――。
まるで物語の外側から、
二人の未来を見守っているみたいだったんです。
もう同じ時間を生きることはできない。
それでも確かに繋がっているものがある。
特に印象的だったのは、
つぐみだけが“高校生の姿”のまま描かれていることでした。
前に進むことが出来たみどりと春子と、
あの日のまま止まっているつぐみ。
その対比に気づいた瞬間、
切なさも、悲しさも、優しさも、
全部まとめて胸に押し寄せてきました。
この装丁そのものが、深海紺先生から読者へ、
そしてつぐみからみどりへと贈られた
“最後の手紙のような余韻”として、静かに胸に残ります。
あのカバー裏まで含めて、『春とみどり』という物語は完成しているんだと思います。
最後に|静かに残る余韻
苦しくて、切なくて。
でも、どうしようもなく優しい。
恋愛とも友情とも呼べない関係だからこそ生まれる温度がある。
『春とみどり』は、百合漫画として、そして喪失のあとを誰かと生き直していくヒューマンドラマとして、静かに完成しています。
読み終えたあと、きっと少しだけ、誰かの優しさを思い出したくなる作品です。
静かな百合が読みたい日に、そっと手に取ってほしい作品です。



正直に言えば、この記事を書くために何度も読み返しましたが、そのたびに同じ場所で、新しい発見に触れるたびに、号泣してしまいました。3巻という短さの中に、それほどまでに濃密な「体温」が宿っている作品です。
やさしい百合を、もう少し
『春とみどり』のように、やさしさや余韻が静かに残る百合作品をまとめています。
静かな余韻に浸りたい日も、ただ可愛いに癒やされたい日も。
その日の気分に合わせて選べる、“癒やしの形”を集めた7作品です。









